2013.10.17 Thu 23:33

インディゴチルドレンと生き方と勇気


インディゴチルドらしい生き方といわれたら

きっと

電光石火の思考回路そのままに

猪突猛進

あるいは

じぶんらしさがライフスタイルであり

唯一無二であり

逸脱した存在である事だと思います。

それは

出現頻度のごく少ない

めずらしい

他にいないという意味にとどまらず

「ルールから外れた望ましくない」という道徳的裁定が込められている

という意味も含めてです。



たとえば、

この世の中では

『一言余計な人』

がいます。

人間関係をよく保つなら

言わなくてもいい言葉がたくさんあるし

本当のことでも言うと相手が不愉快になるんじゃないか?

自分が悪者になりたくない。

理由は色々あるけど

一言多い!!

とか

言い方って無いの?とか

上げていったらきりが無いほど

『一言余計な人』といわれる事があります。


インディゴチルドレンは

思ったことを思ったまま

ぽんっと言葉に出すので

『それ!どういう意味!!??』

と相手が怒り出したり

『言わなきゃいいのに何で言うの?』

と周りの人が不愉快そうな

面倒そうな、

あきれ返ったような

そんな表情を浮かべて

そんな風に言われたことが

嫌って程あると思うんです。


でも

インディゴチルドレンは

他の人が

陰口や悪口や嫌味や皮肉を

あんなに堂々と言っているのに

こんなじぶんが悪気も

嫌味も

皮肉も込めずに言った一言が

何でこんなにも

嫌なもの扱いされるのかがわからなかったりします。



今もわからないけど、

パターンとして

何を言ったら何が帰ってくるかは

一応理解しています。

わたしはね。


でも、

インディゴチルドレンのそういうところを

直した方がいい

止めた方がいい。

こうしたほうがいい。

とは私は言わないことにしています。

心理学の勉強会で

リフレーミングをするときに

頑固を意志が強いとか

自分の考えがあるとか

そういう言い方もあるんですよ。

そんな講座は開いていますが

自分が思ったことを

思ったまま言ってはいけないとは

決して言わないことにしています。

理由は

インディゴチルドレンの生きる道にとって

自分の感性とは宝物で羅針盤で

本当に本当に大事なものだからです。

自分はこう思った。

でも言ってはいけない。

思ってはいけない。

そんな風に

自分の感性を疑って

軽んじて

自分の感じることを

自分の表現が出来なくなっていくと

どんどんエネルギーが低下していきます。

インディゴチルドレンにとって

センシティブさや

人生の経験量がそのままで

エネルギーが低下して

そんな状態で生きるというのは

結構しんどいんですよ?




自分を卑下したり、否定したり、

そういった思考は

減っていったらいいなと願いますが

その人の人生にはそれも必要なのだと思って

あなたは、自分が思っているよりもステキな人ですよと

いうときも多いけど、

ココロで思っていたりするのです。



さて、

インディゴチルドレンは

普通にいても

目立ちます。

魂の美しさが

肉体に収まりきれないように

光り輝いて見えます。


自分がどんなに自分を卑下して

否定して

ネガティブに

地味に

こそこそすればするような

魂に似合わない行動を取れば取るほど

それは悪目立ちして

いろんな人に

存在が不愉快だの

気に入らないだの

もう少し行動を考えろだの、

お前はどうしてそうなんだだの、

いろんな人に言われる事になるんです。


だから、

インディゴチルドレンは

魂に似合う

堂々とした立ち振る舞いをして

堂々と

自分の考えを表現して

堂々として

自分の美意識を表現していたほうが

なんだかんだ言われずに生きられます。


これ本当。


インディゴチルドレンは

堂々とした立ち振る舞いをして

堂々と

自分の考えを表現して

堂々として

自分の美意識を表現してたほうが

この世界に自然と居場所が作り出されて

世界に調和して

時代に統合します。



インディゴチルドレンの生きる道には

勇気が求められます。

自分の考えを

表現を

美意識を

自分が選んだ形で

この世界に生み出していく

勇気を求められます。



地上70億人も居るので

誰かに肯定されて

誰かに否定されます。

誰かに賞賛されて

誰かに無関心に接せられます。


しかも

インディゴチルドレンは

自分の意識と別に

神の意志をも表現して生きます。


自分では意味がわかんない。

でも、今

ここで、この言葉を言わないといけないとか

これを作り出さないといけないとか、

ここに行かないといけないとか

いろんな事が起こります。


自分の顕在意識では

そんなんなし!!

と思うときもあります。


それでも、

それでも、

この地上に

この時に

表現していくでしょう?





わたしは

地球人がもっと

受容力がついたらいいなと思っています。


相手が何をいっても

相手の思ったこととして

受け止められるようになったらいいと思います。


何でもかんでも

自分を否定されたとか

馬鹿にされたとか

嫌味を言われたとか

皮肉を言われたとか

そう解釈しないくらい

自己肯定感をあげていったらいいと思うんです。

あげていけると思うんです。

つうか

そういう時期に

地球人は入っていると思うんです。



もし、

あなたが言った事を受容してもらえないなら

あなたが

他の人の言った事を受容してみようか。

相手を認めるがために

あなたの考えをなしにしたり

間違いにして欲しいという

話では無いんです。


だって、

空気読めて

言わない事で調和を図る人には

出来ない仕事だと思うんです。


優しさの種類が違う。

でもどっちも今の地上には必要っしょ?

だから

自分は言うけど

人も受容するぜって

そんなあなたにも

ちょっと頑張ってもらいたいんです。





 
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Comments

ky0k0 #xhgZKXdQ URL

思ったことをそのまま口にすれば、人が離れていく。
すると、学校や社会でやっていけない。

そんなふうに、子どもの頃から思っていました。

でも苦しかったです。
おかしいと思うことをおかしいと言えないなんて。

同じことを思っている人とつながり、世界を変えたい。

2016/05/20(Fri) 21:25       

 # 

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2016/11/17(Thu) 20:00       

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