2015.06.22 Mon 08:00

インディゴチルドレンと「感情の解放」 {TODAY'S GIFT}


それをネガティブだという人がいるのだけど

「怒り」も「悲しい」も

「苦しい」も「辛い」も

自分の感じた感情として

認めた方がいいとすすめています。



自分は

こんな風にチャネリングヒーラーとして生きているから

認めよう。

赦そう。

感謝しよう。

肯定的な意図を見出そう。

そう思って生きているけれど

だけど

「小さい怒り」を

自分は怒っている

と認めないがために

棘が刺さった後

中で化膿して

内側から

炎症が広がって

本当は

針の先のような傷だったはずなのに

広く深い炎症になってしまうようなことが

実際に起こるので

絶対的に

気のせいにしないことを

絶賛推奨しています。








「怒った」という感情を

「怒った」と認識せずに

こんな感情はネガティブだ。

という人はいますが

わたしは

心が傷つく事や

悲しい事があったら

それが自分の投影だと

わかっていても


自分が人にしている意地悪が

かえってきたことだと思う事でも


苦悩して困窮している最中に

無理して相手の頼みを聞いたのに

勝手に過度な期待を相手がしていて

期待外れで、迷惑をかけられた等と言われて

『なんでこんな目にあっているんだろ。断らなかった自分が悪いんだ』

と思っている時ですら

「悲しい」「苦しい」

「辛い」「悔しい」

という感情を自分が感じている事を

自分は『怒っている』

自分は『残念に感じている』

自分は『悲しいと感じている』

ということを認めたほうがいいと思う。

それは

自分が感情なのではなく

自分は感情を感じている人間なのだ

ということがわかるし

自分の人生の主導権が自分にあること

この自分を悲しませた相手ではなく

自分自身にあることを感じやすくなると思う。



万が一

相手が自分を嫌な気持ちにさせる為だけに

お前なんかより自分の自分の方が上なんだぞと

相手を侮辱する意図で

その言葉を発したり

その態度や行動をとったとしても



相手の思い通りに

不幸な気持ちになってやる必要などないんです。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 


今「自分は怒っている」と

認めることは

この先の未来

ずっと、すっと

相手を恨んだり憎んだり

不幸になればいいのに。

と呪い続ける事とは違う。


自分が怒っている事や

相手のこの言葉で傷ついたという

その部分を認めずに

相手の何もかにもが嫌い

相手が不幸になることを呪いのようにいつも思い描いていたら

嫌なことを嫌だと思う事がネガティブどころの話じゃない。

それこそ

同等の厄を自分が自分で引き寄せて

相手を不幸にしたいがために

自分に不幸を引き寄せてしまう。


「今」怒りを認めないことは

自分がなにかいいのか

何が嫌なのかもわからなくなり


自分が何を感じているのか

何をしたいのか

何を考えているのかすらわからなくなり

自分らしくない生き方に

焦燥感を感じて

それを的外れに

誰々のせいだ。

結婚が失敗だったんだ。

この土地のせいだと

なにかのせいにしたり

自分が苦しいからあなたを苦しめてもいいですよね。

と言わんばかりに

身近な人を侮辱して

自分を愛してくれているなら許せるはずだと

相手を試したりする。

そんな複雑な生き方は

インディゴチルドレンには似合わないし

ストレスが多くて

それこそ発狂しそうに感じると思う。


だから

怒りを怒りと感じていい。

それでも

人を殴ったり

壁を殴ったり

誰かに当たり散らさないことに意味があるし


未来

誰かや何かを呪ったり憎んだりしないことに意味があるし


自分の人生でおこる

自分が望まない出来事を

誰かのせいでこうなっている恨まないことに意味がある。



だから

この出来事を「嫌だ」と思っていい。



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